サーカス(Exidy/1977)前編

こんにちは、こんばんは、コケガエルです。

酔っ払いモードでレゲー雑記です。先に乱文をお詫びしつつスタートです。ハイボールはサイコーなのです。

あなたは『サーカス』をご存知ですか?画面上部に風船が並んでおり、シーソーに乗ったピエロを風船めがけて飛ばす『ブロック崩し』を変形させたゲームです。当時は皆『風船割り』って呼んでいました。その風船割りが小学5年のある日、何故か唐突に我が家にやって来たのです。


真っ白い天板に、黒と青の2色でデザインされた筐体がイカしていました。なぜテーブル筐体が我が家に?そんな疑問が湧きそうなものですが、そんな事は1mmも考えなかった。とにかく今、ゲーム機が目の前にあるのだから。理由はどうでもいいのです。

小学5年は1980年かな?当時のトレンドからは多少外れた感はあるが、風船割りはまだ現役で稼働していました。
同じ100円を使うなら、より新しいゲームと考えるのが普通であり、子供のジャスティス。
ギャラクシアンが遊べる中、サーカスにお金を使う酔狂な子供がいるだろうか?いや、いない。いたらぶん殴…優しく諭してあげますよ。違うだろってね(大きなお世話)。
レバー+ボタンがトレンドのこの時代にボリューム1つの操作て・・・これで子供のハートを掴めるなら苦労はしません。が、タダなら話は別です。

正直、拾ったお金でも遊ばないであろうこのゲーム、きっと心のどこかでは気にはなってたんでしょうね。だってワクワクしちゃいましたもの。で、プレイしてみると想像よりずっと楽しかった。あっというまに我が家に風船割ブームが到来しました。現金だなあ。

ブーム初期は兄、姉、僕で代わる代わるプレイしたが、まず兄が数日で脱落。続いて姉も一週間くらい持ったかな?とにかく脱落してしまった。僕といえばアホなので、飽きることなく日々淡々と風船を割り続けた。

ブーム中には想像もできなかったスコアを出せるようになるも、競争相手のいない状況に、少し虚しくなった頃でした。夕食を囲んでいた時に、兄が僕の最高スコアを訊いてきた。僕が自慢気に伝えると、兄の顔が覚醒した鉄雄のようになり、こう言い放ったのです…。
「俺は〇〇点いったけどな」

…………え!?いつのまに????完全に虚を突かれた僕はパニックです。あんたリタイアしてたろ?完全に興味を無くしてたじゃねーかよと。
兄は私が眠りについた後、夜な夜な腕を磨いていたらしい。電源を落とせばハイスコアは消えるので、誰に知られることもなく研鑽を積んでいたのだ。
そういえば数日前、プレイしていた僕に「そんなのいつまでもやって、よく飽きないね」と蔑んでいたのもこの時のためですよ。この時にはもう深夜の特訓は始まっていたのですから。ぐぬぬ。完全にやられました。

悔しかった。僕がサーカスを一番うまく使えるんだと思っていたのだから。が、これでまた闘志に火が付いた。第2次ブームの幕開けだ!おらぁ!
慌てて夕食を済ませ、テーブル筐体に飛びつく。しかし簡単にスコアが伸びるわけもありません。ニヤニヤと眺めている兄がクソ忌々しく、殴りかかりそう(心の中でね)になったその時です。『代われ』と言わんばかりに、右の口角を上げた兄が近づいて来ました。

交代した兄のプレイは冴えわたります。みるみるうちにスコアは上がり、ピエロの落下速度もグングンと上がります。すげぇ、アンタすげぇよ。ギャラリーしている僕の心拍数もどんどん上昇し、憎しみが尊敬に変わった瞬間、このゲームにおけるデッドスポットめがけピエロが落ちてきたのです!

あれれ?なにか長くなりそうだなぁ。
もう眠くなってしまったので続きはまた(笑)

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