ハローマックと羞恥心

ハローマックが、まだそこにあった頃

“城”を模したおもちゃ屋が、一斉に姿を消したのはいつだったろうか。
僕の知る限りハローマックといえば絶対にあの外観で、 20年ほど前は各町に必ず1件はあったように思う。この人口4万人弱のド田舎にもあったくらいだから、恐らくは間違いない。車で遠出をすると、1日に何城も目にしたものだ。靴屋とセットで。
当時勤めていた職場のすぐ隣にも築かれており、セガサターン用のソフトを購入する際によく利用していた。

現在は、数人ぽっちの小さな会社に勤めているが、この頃は15~16人(+本社で40人)ほどの会社で働いていた。ちっぽけという部分では現在とそう変わらないが、この社員数で平均年齢も低かったので、年齢の近いゲーム好きも幾人かいた。

その中でも2歳年上のK主任。この方とは特に仲良くさせてもらった。
このK主任抜きには、僕のハローマックは語れないので、先ずはK主任について語りたい。

K主任

出会いは僕が後から入社したというだけ。仲良しになるきっかけは、僕が入社してまもなくの社員旅行、宿泊先のホテルでの事だった。

それまでK主任とは、お互いに『ゲームをたしなむ事は知っている』程度の仲。親睦を深める宴会の席で、隣になったK主任と仕事や会社について話していた。酒が進み話題はいつしかゲームに変わり、そしてお互いを探るように徐々に古いゲームのタイトルが出始める。
スーファミ、メガドラ、ファミコン、マークIIIと、お互いに「捕れるかなぁ?」首をかしげながら放ったボールは、気持ちよく相手のグローブに収まった。会話のキャッチボールは次第に球速を上げテンポよく続く。この時すでに二人は、嬉しさで半笑が止まらない。
そして話題はパソコンゲームに。アルコールの回った僕の口が、テグザーのBGMを滑らかに再生(?)した瞬間、K主任がスッと右手をさしだした。

「平成にテグザーの曲を他人の口から聴けるとは…」

そしてガッチリと固い握手。その手を握った瞬間、お互いに何かが通じたような気がした。
そして隣にいた女子社員(年下)は、この理解不能な超展開に超ポカーン顔だ。
K主任は彼女に向けてこう言った。「おいチビ分かるか?この出会いの奇跡が。豆がハト鉄砲喰らったような顔してんじゃねえぞ」と。
更にポカーンとする彼女をよそに、僕らは「うひゃひゃひゃ」と笑った。

その日は大いに盛り上がった。K主任が昔、MZ-80Kのスタートレックが羨ましくて、友人の首を背後から絞めたくなるほどだった事や、地元高校の学園祭の展示(マイコン部)が毎年楽しみだった事(僕も同じ)などで、他の社員の冷ややかな目も気にせずに、まるで自分の部屋にいるかのようにはしゃいだ。
K主任は、気軽かつ対等にゲームの話題を振れる同僚がおらず、それがつまらなかったそうで、僕のようなゲーマーの出現(入社)を待っていたそうだ。僕も自分の友人以外で、古いゲームの話ができる事はすごく嬉しかった。

K主任は、毎週『ファミコン通信』を買うほどのゲーム好きで、僕もすっかり影響されて『しあわせのかたち』『べーしっ君』『ゲームセンターいがらし』などはすぐ大好きになった。仕事中も周囲をドン引かせないよう気を配りながらも「炎のゴマー!みたいなー?」などと子供のようにふざけながら、わき合いあいと労働に勤しんだ。
こんな二人なので、時に周囲に呆れられもしたが、意味不明な会話をする以外は基本無害。歳の近い女性の多い職場だったが、特にキモがられもせずに毎日楽しく働くことができたのは、K主任の明るい人柄と、二人とも仕事に対しては真面目に取り組んでいたからだろう。

たぶん。

穴場?

そして入社した同年の11月、セガサターンが発売。
僕とK主任はもちろん即購入し、会社でバーチャファイター談義を交わす日々が続く。それはもうクラブ活動のように楽しかった。その後は、注目作が出るたびに一緒に買いに行く仲に。
この頃は、発売日前日でも店舗にソフトが届いていれば購入できたので、仕事終わりに作業着のままハローマックへ直行することも当たり前になっていた。

実家暮らしだった僕は、家に月2万だけ入れ、後はゲーム・漫画・パチンコ・飲み代で使い切るおバカさん。もちろん貯金などは無し。優先順位は上記の通りで、セガサターンマガジンでチェックしたソフトは、何よりも優先された。最低でも月に1~2本は購入していたと思う。

そんなある日、“ゲームのフライング販売が禁止”的な噂が耳に入った。
K主任も友人から聞くに、ビデオレンタル店などでは断られたりするとのこと。僕とK主任は「ハローマックは穴場だ!案外知られていないかも」と、以前と変わらずに前日購入できている事実を、無邪気に喜び合った。

我が町のハローマックは、街の中心部や住宅地からはかなり離れていて、おもちゃ・ジグソーパズルを購入するならばともかく、ゲームを買いにわざわざハローマックに来る人はご近所さんくらいしか考えられなかった。だから素直に「穴場」と思いこんだのだ。

そう。この時は。

「あの人たち」?

しばらく経っても、相変わらず新作ソフトは前日購入できていた。期待の新作ソフト(バーチャロンのだったと記憶)を購入する為、いつものように発売前日にハローマックへ。
店舗の中心にあるカウンターの中、梱包を解かれた段ボールの中に目的のブツを目視で確認。
開いた段ボールを指さし、曇りなき眼で「バーチャロンください」と見慣れぬスタッフに声をかけ、対応を待つ作業着に身を包んだ大人2人。
店員Aが「すみません発売日前なので…」と言いかけたその時、側にいた店員Bが「バーチャロンですね少々お待ちくださいと割って入る。先に対応してくれた店員Aに、コソコソと小声で「あの人たちは良いんだよ」と指導(?)していたのが聞こえた。

「あの人たち」???微妙な空気に多少困惑したが、無事に会計を済ませ安堵する。
そして、入れ替わりに来た学生らしき若者が「バーチャロンありますか?」とスタッフに問うのを背中越しで聞き、僕は「お、この穴場を知っているとは中々やりおるな」と思った。
しかしその瞬間、店員Bはハッキリと言ったすみません、明日発売なのでと。

えええええ~?????

…あれ?僕ら特別扱いされてる???
なぜ僕らにだけ売ってくれたの???

いったい、いつから僕らは「あの人たち」になっていたのだろう?
ハローマックのスタッフ達は、おもちゃ屋には不似合いな
いつも作業着で来る2人組を、どんな目で見ていたのだろうか!?
そして、どんな情報を共有してたの………………?????

「あひゃ~~~!!!!」(声なき叫び)

一瞬でスタッフたちの嘲笑の画が脳裏に浮かびます(※被害妄想)
楽しみにしていた新作ゲームをフライングゲットした喜びはどこへやら、もう恥ずかしいやら何やらで、急速にいたたまれない気持ちに。逃げるように車に飛び乗り、アクセルを踏むと同時に、無意識に不思議な言語を発していたような気がします。

そしてその後、結婚し、生まれた子供が2歳になるまで
ハローマックに行くことは無かった。
ってか行けなかった)

ゲームが恥ずかしい趣味と思ったことは一度もなかったが、この時ばかりは参った。
今でも思い出すと、恥ずかしさに身をよじります。

うぐぅ。

その後…

K主任はK課長に。僕は主任になったが、僕は数年で会社を辞めてしまった。
しかし、Kさんとは今現在も仲良くさせてもらっていて、ふた月に1度くらいのペースで二人の息子さんを連れて遊びに来てくれます。Kさんの子もウチの子も、どちらの子供もレトロゲームが好きで仲良しです。波長が合うのは親譲りなのでしょうか。

サターンで遊んでいたころは、延々とコントローラーを握り激しいバトルを繰り広げておりました。しかし最近は今のゲームの事、昔のゲームの事、そして子供の事が話題の中心で、話しているだけで1日が過ぎ、一緒にゲームをすることはありません。歳をとったのでしょうね。

ちなみに僕の嫁さんも、同じ会社に勤めていた人で、Kさんとも仲良し。社員旅行にスーファミを持ち込み、ボンブリス・いたスト・桃鉄などの対戦で盛り上がった事もありました。

こういう友人は得難いですね。幸せを感じます。
出会いに感謝。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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