パックマン(namco/1980)

こんにちは、こんばんは、コケガエルです。
今回は『最も成功した業務用ゲーム機(ギネス)』として名高いパックマンと、それにまつわる思い出をひとつ。

 

ロケーションと初プレイ

1980年発売、当時私は9歳(小4)。初プレイは、よく遊びに行っていた某農協系デパート4Fのゲームコーナー(?)でした。ゲームコーナーって感じでもないんですよねー…普段はホント静かなんです。『海底宝探し』の記事の時にも書きましたが、すぐ横が銀行(しかもガラス張り)で。行員が真面目に働いているのを横目にはしゃげない感じで…。
そんな少々窮屈な雰囲気の中でも、パックマンはよくギャラリーが付いて、そこだけパッと明るい感じがありました。

漫画『ゲームセンターあらし』で予習はできていましたが、初めて自分の目で色のついた画面を見た瞬間シビレました。カラフルな4色・4匹のモンスターと、ひと際ビビットな黄色の主人公が、画面狭しとスピーディーなチェイスを繰り広げます。ポップなスタート音と、数面毎のコーヒーブレイク(デモアニメ)に何故かアメリカ的なセンスを感じました。当時はアメリカ的なものがひたすらにカッコよかったんですよ(笑)
さて、満を持しての初プレイ!…は残念ながら覚えていません。なんせ三十数年前の出来事でございます(笑)。初プレイでも1面はクリアできたような気はします(まぁそれも気のせいかもしれませんが)
とにかくインベーダー的シューティングばかりプレイしていた反動か、はたまたナムコの魔法にかかってしまったのか、やや暫くの間ゲーム費用のほぼ全てがパックマンの腹に飲み込まれていきました。といっても当時の小遣いですから大した額ではありませんが…

 

リッチなS君

やがて小5になると、友人N(『お金拾いとコインスナック』参照)は同市内の別の学校に転校してしまい、同級生で一緒にアーケードゲームを楽しむ友達は他に1人しかいませんでした。しかしその友人も、自分とは学校を挟んで別の地域に住んでおり、ゲームセンターへはもっぱら一人で遊びに行くのが当たり前となっておりました。
そんな時です。下校が同じ方向で、小5になるタイミングでNと入れ替わるように転校してきた『S』君と何故か急に仲良くなり、一緒にパックマンをプレイしに行くようになります。
鍵っ子だったS君は不自然に小遣いを持っており、何度もパックマンをプレイし、また私にもプレイ代をおごってくれました。本人曰く「おやつ代と、お腹が空いた時のパン代を毎日もらっている」との事でしたが、おごってもらう1プレイ100円は私にとっては大金です。最初は『マジ?いいの?』って感じで、もちろん超嬉しかった。しばらくは一緒に遊ぶのも、おごってもらうのも楽しかったのですが、それが何度もとなると「本当に小遣いなの?」「後から怒られない?」という疑念が生まれ、楽しいはずのパックマンが楽しめなくなっていました。

徐々にS君とお金の出どころに不信感を持つようになると、それを感じ取ってなのか『もっとおごるから一緒に遊ぼう』という感じになり、私は気味の悪さから距離を置こうとしました。すると『もっともっとおごるから言う事きけよ』という雰囲気になり、最終的には『今までこんなにおごってやったのに』と完全に恨みを買ってしまいました。とほほ。

 

生暖かい上靴

それからS君は、お金の力で新たな友人と取り巻きを作り、執拗に私を攻撃してきました。聞こえるように悪口を言ってきたり、上靴に画びょうを入れられたり、隠されたりしましたねー。自分は誰とでも仲良くするようにしていたので、すごく悲しい気持ちになりましたよ。まぁ他に中の良いクラスメイトも沢山いましたし、S君が徒党を組んでいたのが割とハンパな連中だったので、気にしないようにしていました。
しかし、上靴を隠された2度目に静かにキレました。カラの下駄箱を無表情で見つめる私を、嬉しそうに嘲るS君に詰め寄り「おめーが隠した事は分かってるけど、相手にするのもバカバカしいからとりあえず職員室行くわ」と告げると、「ちょっと待って!今もってくるから」と慌てて外に飛び出し、雨に濡れた上靴を息を切らせて持ってきました。
私はシラケた表情で「で、その濡れた靴をどうするの?」と言うと、S君は「とりあえずこれ履いて」と困ったような笑顔で自分の上靴を、私に差し出しました。
私は、私の濡れた靴をハンカチとポケットティッシュで懸命にふき取るS君を見下ろしながら、黙ってS君の生暖かい上靴を履きました。普通なら他人の脱ぎたての生暖かい靴は気持ち悪いと思うのだが、この時はこの生暖かい存在感が、何故か私の怒りを鎮めてくれた。
靴底にティッシュを敷き詰めた私の靴を履いたS君と教室に向かうと、もうホームルームが始まっており、担任の詰問を必死にごまかすSと共に自分の席につきました。

Sの上靴を履いている奇妙な時間、ずっとS君の事を考えさせられた。なぜあんなにも攻撃してきたのか、コロッと態度を変えてきたのは先生に怒られるのが嫌だったのか、母親に連絡されるのが嫌だったのか…。とにかく色々考えたし、楽しく遊んでいた頃の事も思い出した。そして簡単におごってもらった自分も悪かったと反省もしました。
給食後、まだ完全には乾いていない上靴を、バツが悪そうに持ってきたSと靴を交換。何故か私はSを許せていたし、Sも似たような気持ちだったように思う。

 

パックマンとS君

これは大人になって考えたことですが、何度も転校してきたSが、転校先で友人を作るための苦肉の策が『おごる』という行為だったのかなーなんて。一度も転校したことがない私には理解できませんし、全くの見当違いなのかもしれませんが、そんな気がしました。
その後Sは卒業まで同じクラスで、微妙な距離感でしたがケンカすることもなく、卒業と同時に、またどこかの街に行ってしまいました。

だらだらと取り留めなく書いてしまいましたが、パックマンと小5の頃の事を想うと、必ず一緒に思い出すほろ苦いエピソードです。

あ、小6の時に、好きなイラストを描いて廊下に貼りだすという事があったのですが、Sが当時大流行のガンダムで、全モビルスーツ(+大河原邦夫カスタム)のカード型のイラスト集を学校に持ってきました。クラスメイトはこぞってS君から借りてゆく中、私は借りたいのに「貸して」と言えずに他の題材を探していた時、S君から声をかけてもらいガンダムのイラストを描けた記憶があります。
S君に対する記憶はあまり良いものではありませんが、この最後の記憶が救いですね。どんな大人になっているしょう。元気でいるでしょうか。

 

何度も転校していたS君は私の事など覚えていないでしょうが、私には忘れられない男です。なにせ、私の中では『世界のパックマン』と紐付けられているのですから。

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